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演劇を見たままの感想を綴ろう


by engekistep

贋作 罪と罰 

 NODA・MAP 第11回公演  贋作 罪と罰  bunkamuraシアターコクーン
  平成17年12月22日

 ありゃりゃ、もう3ヶ月もたっとる。時間はあっという間に過ぎてしまうなあ。
 とりあえず大阪公演が終わるまでと思ってたら・・・。

 さて、罪と罰の再演である。これ、前回のも見た。その時の主演は大竹しのぶであった。今回は松たか子という。松たか子の野田作品を見た時はまだ初々しくて、お嬢様という感じだったのだが。今回はどうでしょう。

 贋作・罪と罰は、かの有名なロシアの小説、ドフトエスキーの罪と罰の野田秀樹風リメイクである。本家はもちろん外国産なんだけど、こちらは江戸末期の坂本竜馬暗殺のときを中心に描かれている。野田風の遊びはもちろん多く入ってるけど本家罪と罰の持つイメージを壊したりはしない。むしろ小説離れしてる現代人にはこのくらい軽くなってる方が伝わるのかも知れない。
 
『人間はすべて凡人と非凡人との二つの範疇に分かたれ、非凡人はその行動によって歴史に新しい時代をもたらす。
そして、それによって人類の幸福に貢献するのだから、既成の道徳法律を踏み越える権利がある。』

 本家罪と罰の主人公の主観を、そのまま江戸末期の女学生三条英に置き換えた野田版。名のある旧家であった三条家は、プライドだけは高いが生活は楽なものではなかった。英は家からの援助も受けられず生活苦に陥り、金貸しの老婆より金を借りる。老婆の金を見たとき、この老婆がただ貯めるだけに留まらせるよりも、理想を高く掲げ世の中を導く存在であろう自分が生き、活動していくためには、老婆を亡き者にしてその金を世の中のために使うことも許されることだと思うようになる。
 計画を実行に移した英は、そこに居合わせた老婆の妹をも殺してしまう。
 一方、坂本竜馬を危険思想として追いかける検事の郡は、走査線上に浮かぶ三条英に目をつける。
 己の罪に苛まれる英の前に、家族も含め援助をするという溜水という男も現れる。
 英の家族、英の活動仲間、そして郡の説得により英は・・・

 台本は小説ではない。役者が演じて初めて生きた言葉となるテキストに過ぎない、のだが、これは台本だけでも十分面白い。それはドフトエスキーの元となる小説の普遍的テーマが十分生かされているためであるが、時代設定を幕末にしたところが光るのだ。国という価値観を根本から変えようとする人間達のエネルギーに魅せられるのは自分だけではないはずだ。

 今回の舞台は、ステージにも客席を作り、舞台を2段式のひし形に作り、円形劇場のように全方向から客が見えるようになっている。2段式の下の段には役者の控えスペースになっており、そこで役者が道具を使って効果音を出したりしている。前回の公演では、効果音は全て役者が作っていた。それはなるほど面白いと思った。今回はそれほど活用してはいなかったが、十分生かされた音になっていた。
 主演の松たか子は、すっかりお嬢様的雰囲気が無くなり、良い意味で女優だなーと感じた。もう20代後半なんだよね。ただ、どうしても同じ作品なだけに大竹しのぶと比べてしまう。大竹しのぶの力強さほどは残念ながら足りないのだが、凛とした立ち姿は大竹しのぶとはまた違った魅力になった。大竹しのぶは女性の自立を掲げて、男性には負けないぞという意気込みが、一見強そうに見えて、実は強がっているだけの女性像という感じに対し、松たか子の方は、自分の弱さを認めつつもしたたかな女の強さを根底に持っている女性像に見えた。野田の使い方、キャラの設定方法は本当に関心する。
 野田演劇にはレギュラーとなりつつある古田新太。才谷という書生で英と同士という設定であるが、実はこの男・・・・の種明かしはまたいつか。今回は重要な役ではあるのだが、松とのカラミがどうも落ち着かない。このためにラストの説得力がいまいち足りなくなってるのだ。これは古田が役不足というわけではない。どうも自分は古田新太が舞台に上がると笑い、というか求めているものが違う方向に向いているらしい。役としてのキャラはとってもカッコいい役なのだ。松たか子の凛とした立ち姿と古田新田太。ラストシーンが薄くなったなあと思ったのは贅沢な感想なのか。
 今回とても良かった役者は、美波という女優。役としては英の妹役で、英とは全く違った生き方を選択しようとしている女性の役であり、英が世の中を敵に回しても自分の信念に従って生きることにこだわるが、妹は流れに逆らわず、自分より家族や周りにとって何がいいのかを選択する女性像なのだ。
 ところが。援助と引き換えに溜水との結婚を承知はするが心まで許すことが出来ない。迫る溜水に妹が自分の本心をさらけ出していく。
 この一連の、妹役の美波の演技がすばらしい。家族に、男に従順である自分の姿に酔う芝居から、溜水に追い詰められても自分を捨てないという演技への変化。「~なんですのぉ」という変なイントネーションの付いた台詞を自然にあっさりと使う。追い詰められる場面では本当にドキドキした。今回の舞台で初めて見たけれど、もっと見たいと思わせる女優である。 
 昔一度見た芝居であり、ストーリーも頭に入っているので初回ほどはドキドキしなかったが、それでも細かいところで作り変えた部分も新鮮で、とても楽しめた芝居であった。
 
 ただ悔しいのが、未だに名作「キル」を超えるものを見れないということにある。それは贅沢なことなのだろうか。野田さん。
by engekistep | 2006-03-14 19:57 | 演劇